2017年12月10日日曜日

梅原猛「隠された十字架 ―法隆寺論―」(1972)

梅原猛「隠された十字架 ―法隆寺論―」(1972)を読む。
昨年に100円で見つけて買っておいた昭和56年新潮文庫版の平成6年30刷。ずっとそこに積んでおいたものをようやく読んだ。

これ、学術書としては読みやすいのだが、あれ?って思った箇所はページを戻ったりして、やはり読み通すのにまる2週間かかった。とにかくボリュームがあって長い。

なにせ45年前の本で、出版当時から大変にセンセーショナルで有名な1冊。いつか読もうとは思ったいた。
高校の日本史の先生はこの本と梅原氏の思考回路を授業で批判してたことを覚えている。だが、その授業の内容はまるで覚えていない。日本史にほとんど関心がなかったからw

自分はここ十年ぐらい古代史関連の解説本を読んだりして、この本に書かれていることはだいたいなんとなく知っているつもりだった。

京都で西洋哲学と仏教を研究していた梅原猛先生による「法隆寺は聖徳太子とその一族の怨霊を封じ込めて鎮めるための施設」という、今では広く知られる説を初めて世に問うた本。
自分は法隆寺に関する諸問題にはスルーしていたので、この本に書かれていることは新鮮だった。

ある年代以上の人は「法隆寺は聖徳太子がつくった」もしくは「聖徳太子ゆかりの人々がつくった」って教えられ、その知識で止まったままかもしれない。

明治以来の法隆寺再建論と非再建論論争を経て、戦時中の若草伽藍発掘によって、再建論がいちおう定着している。
このへん、自分は小学校中学校で習った記憶がまったくない。高校の修学旅行で自分は法隆寺へ行っているはずなのだが、法隆寺は何も印象に残っていない…。

梅原先生は非再建論者を罵倒しつつ様々な証拠から、法隆寺は推古時代に建てられたものでなく、もっと時代を下って、持統時代よりもさらに新しい和同年間あたりに建てられたものと推定。ええぇ~…、そうだったのか。それ、2017年になって初めて知った。

そして、「救世観音」という世にも不気味な百済観音っぽい仏像を、妖気漂う恐ろしい「呪いの人形(!)」と、かなり熱っぽく怒気のこもった筆致で書き連ねてる!
藤原氏と怪僧・行信を「太子像の後頭部に釘を打つとか、ひでえことしやがる!」「それでも人間か!」と罵倒。
フェノロサ、和辻哲郎、亀井勝一郎、高村光太郎、みんな鋭い観察眼を持っていながら、誤った知識で「謎の微笑み」を解釈してた…って熱弁。

梅原先生はこの本を上梓する前年の1971年(太子没後1350年)に、50年に一度の「聖霊会」(大会式)を取材し、興奮のあまり太子の霊を目撃していた!

それよりも、貞観元年から絶えず続く次の大会式はそろそろなんじゃね?と思って調べると、え?今では大会式は幕末以前のように10年に一度になってるって?!
だが、オリンピックの翌年2021年に聖徳太子没後1400年の大会式がやってくる!マジか。

その件についてググってみたら、その件に関心持ってる人はみんなこの「隠された十字架」を読んでいるっぽいw

この本をまるまる信じてる人は今も多いらしいが批判する人も多い。中門の柱の数とか、こじつけっぽくてあんまり自分は関心持てなかった。
聖徳太子はいなかったし、山背大兄王とその一族なんて存在もしていないという説もある。古代史は知れば知るほど混乱する。

0 件のコメント:

コメントを投稿