2018年5月7日月曜日

松本清張「日光中宮祠事件」

松本清張「日光中宮祠事件」という本を手に入れた。
この本は今まで何回か見かけたけど、この表紙のものは初めて見た。昭和49年版角川文庫の初版だった。100円でゲット。
この本を手に入れたBOでは他にも古い角川文庫がたくさんあって10冊以上買い求めてしまった。

これ、てっきり清張の普通の短編かと思っていたらノンフィクション?
昭和21年5月4日未明に日光市中宮祠の旅館兼飲食店で起こった一家6人強盗殺人放火事件と、10年後の捜査を扱った短編だった。おそらく登場人物はすべて仮名。
巻末解説を読んでも初出がいつどこでなのか書いてなかったけど、昭和33年ごろ?

事件当時の日光警察署の署長が独断で一家心中事件と決めつけ、被害者妻の義理の兄である僧からの説得力のある嘆願書をも無視。日光警察署の幹部たちの面子を守るため、一家心中説に固執する様子が窺える。昔の警察は酷い。同じく何もしなかった宇都宮地検も酷い。今はそうでないと信じたい。

調べ歩いた僧侶と二人の刑事の執念がテーマ。被害者家族の主人は他人から小切手を預かっていた。こいつを三菱銀行羽田支店に持ち込んだ朝鮮人がいる!ということはやはり窃盗目的の他殺で、これをたどれば殺害犯が分かるはず!

だが、大森の朝鮮人部落へ聴き込みに行こうにも、「あの部落の取り調べはもちろんのこと、立ち入りも困難です」と大森警察署員に止められる。

終戦後の朝鮮人は日本人から恐れられたということはなんとなくは聞いたことあったけど、この本を読むまでよくイメージできなかった。
この時代の日本人は不審な朝鮮人がうろついてるということに敏感だったってことも知った。昔の人は見分けられたんだな。昭和の歴史はいつも清張から学んでる。

小切手がどのように受け継がれたかの捜査は行き詰まるのだが、写真屋が撮った観光客の写真が決め手になった。他殺説を信じて憤ってた駐在巡査がなんとなく持っていた写真に容疑者の姿が!なんかこのへんのやりとりが市川崑監督の金田一シリーズの三木のり平や草笛光子みたいだった。

この本はKindle版で読めるようだが、あまり読まれていない?ドラマ化もされたらしいのだが感想を書いている人があまりいない。

情死傍観 阿蘇の火山口で自殺者に声かけをしている老人から聞いた話を小説に書いたら、読者から「それ、私」という手紙が来て…という短編。

特技 細川忠興に仕えた鉄砲の名人・稲富伊賀直家の話。石田三成挙兵のとき、あの細川ガラシャの悲劇のときに主家を棄てた。その後、家康に仕えるのだが、技術者としての自分と武士としての自分への眼差しがあきらかに違う…という短編歴史小説。味わい深い。

山師 猿楽師から金山奉行へと出世した大久保長安の活躍ぶりと、心を覆う不安と恐怖を描いた歴史小説。東京八王子の礎を築いた大久保長安については長く関心を持っていた。初めて長安についての作品を読めた。

部分 美人妻とそっくりのその母親の顔が大嫌いという作家が殺人を計画する。その結末は……、ぞわぞわっとするJホラー。

厭戦 清張は32歳で初めて朝鮮で衛生兵として入営した。現地で何度も祖国で死にたいと願いつつ死んでいった兵士を見ていた。秀吉の朝鮮役の際に、朝鮮から郷里に逃げ帰ったために、妻子ともども磔になった男の伝説へ思いをはせる。

小さな旅館 生活態度の悪い娘婿を殺そうと思いついた男の話。自分が死んだら先祖が残してくれた土地財産があの男のものになって、娘と孫が路頭に迷ってしまう!
娘婿が浮気相手と毎週金曜日に江古田の連れ込み宿へ行くことをつかんだ男はその連れ込み宿をまるまる買い取って、やってきた男女とも殺害しその場に埋める。だが、土壇場でやらなくてもいいことをやってしまう…。
イヤミスの元祖・松本清張らしい短編の傑作。

老春 この作品が読んでいて一番嫌な気分になる。煩くて偏屈でめんどくさい、たぶん軽い認知症?の老人が面倒を起こすだけの「あ~やだやだ」という短編。

鴉 上司からも同僚からも無視され出世できなかった男、会社への恨みを晴らすために労組で異常に張り切ってしまい、さらに酷い職場に回される。一方でスト回避後に出世した委員長への疑惑が湧いてくる。これも読んでいてひたすら気分が滅入るサスペンスホラー。

「特技」「山師」「部分」「厭戦」「小さな旅館」はオススメの作品。

みうらじゅん氏によれば、松本清張の作品はどれも人間の情念と深い業を描いた仏教説話的ホラー。この短編集のどれもがそんな作風。どいつもこいつも気分が落ち込む。

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